26日目、突然38.5度の熱。
前日までは熱もなく、ようやく塗り絵などを楽しむ入院生活を送り始めたばかりなのに。
翌日には40度超えの高熱。
高校生時代から何度も40度超えの熱を経験してきたものの、こればかりは慣れる訳もなくひたすらに辛い。
プラケニルを念のため中断し、「明日また治療方針を決定するからね」と言われるも、お偉いさん会議がさらに翌日だからそれまで待たなくてはならないと言われ、そのときの絶望的な気持ちを日記に綴ってあります。笑
そして新しい月に入り入院31日目。
原因がようやく判明。
「血球貪食症候群」と「溶血性貧血」でした。
これが私をとっっっても苦しめた合併症。
その日から再度ステロイドパルス療法が開始。
結果として1000mg×3日、250mg×3日、125mg×7日、60mg×7日と、約3週間は点滴投与となりました。
加えて免疫抑制剤の「ネオーラル」も開始しています。
38日目では「血球貪食症候群」の状態は落ち着き始めていると言われましたが、「溶血性貧血」がとにかくやっかいでした。
入院時からずっと貧血状態でこの頃は連日輸血をしていましたが、それでもHb値はあがらず6.0ほど。
輸血をしてもなかなか回復しなかったため、「免疫グロブリン」を投与し始めました。
それにて何とか持ちこたえるものの、入院42日目の最低値のHb5.2。
間違いなく身体全身が一番しんどかった時でした。
それほどの貧血状態だとどんな感じかって、まず自力では起き上がることも不可能。
横になって天井を見つめることしか気力も体力もない、そんな感じです。
後ほど主治医からはこの頃が一番危なかった、と言われたのであの感覚はあながち大袈裟なものではなかったのだと思います。
親も「最悪な場合も覚悟してください」と言われてさすがに焦ったらしい(ちょっと大袈裟に主治医言ったんじゃない?なんて今は思うけど。私はそこまでは言われなかったな〜)
とにかく体力ボロボロ、そしてメンタルもすでに大分弱り始めていました。
睡眠薬を引き続き服用するも、それでも眠れなかったり、何度も夜中に起きて十分な睡眠がとれなかったこと、一体いつ回復して退院できるかの不安、4人部屋のナースコール近くの場所、同室の方々、色々な要因が重なって辛い日々でした。
この頃からちょっとしたことで涙が止まらなかったです。
ただ、病状的にはこれ以降悪くなることはなく、少しずつ回復の兆しがみえた頃でもあります。
入院50日目、Hbは7.2まで上がり、輸血のラインである7.0を上回りました。
そしてここで、初めて部屋替えを希望し、ナースコールの一番近い部屋から離れることができました。
先ほども記した通り、病状はここから回復していきます。
ここから退院までは、とにかくメンタルとの闘いでした。